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仙台高等裁判所 平成7年(う)52号 判決

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人池内精一が提出した控訴趣意書に記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴趣意第一(事実誤認の主張)について

所論は、要するに、原判決は、被告人らが、原判示の各不動産(以下「本件物件」という。)の最高価買受申出人である有限会社三光不動産(以下「三光不動産」という。)に対し、右物件の落札を辞退させ又は右物件を自己に譲渡させようと企て、三光不動産の関係者らに対し原判示第一、第二のような威迫文言を申し向け、もって公の競売の公正を害すべき行為をしたとの事実を認定して、被告人らをいずれも有罪としたが、被告人らは、三光不動産の関係者らに対し原判示のような威迫文言を述べたことはなく、三光不動産に落札を辞退させる意図もなかったのであり、しかも原判示第二の事実においては被告人両名の間に共謀の事実もないから、被告人らを有罪とした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実の誤認である、というのである。

しかしながら、原判決が挙示する関係各証拠によれば、被告人眞一が単独で、あるいは被告人両名共謀の上、原判示第一、第二の各行為に及んだ事実を優に認めることができ、原審で取り調べたその余の証拠及び当審における事実取調べの結果を併せて検討しても、原判決の認定、判断に所論の指摘するような事実の誤認はない。以下、所論にかんがみ若干の説明を補足する。

所論は、中村絹代ら三光不動産の関係者らは、原審公判廷において原判決の認定に沿う供述をしているところ、同人らは、自ら体験した事実と伝聞した事実とを相互に混同して述べている可能性が高く、その各供述はいずれも信用できない旨主張する。

しかしながら、中村絹代の原審公判廷における供述は、被告人眞一が三光不動産において本件物件を落札した当日同不動産の事務所を訪ねて来た模様、その際の同被告人の言動、同被告人の言動により同女が畏怖心を抱くに至った経緯等を述べたものであり、また中村芳夫の原審公判廷における供述は、本件犯行当日、芳夫が帰宅した際、絹代から聞いた被告人眞一の言動及びその際の同女の畏怖状況のほか、原判示第二の日時場所における川畑の甥と名乗る男、すなわち被告人賢治の言動、及びその翌々日青森市内の厚生年金会館において被告人眞一らと会った際の模様等を述べたものであり、中村俊英の原審公判廷における供述も本件物件の入札の経緯、母絹代から聞いた被告人眞一の言動、父芳夫から聞いた被告人賢治の言動及び厚生年金会館において被告人眞一らと会った際の模様等を述べたものであって、いずれもその供述内容は具体的かつ詳細であり、格別不自然、不合理な点は認められず、同人らが自ら体験した事実と伝聞した事実とを相互に混同していることを窺わせる事情は存在しないのであって、以上によれば、右の各供述はいずれも自己の体験した事実をそれぞれの記憶に従って述べたものと認めるに十分である。

所論は、原判決が中村絹代の証言の信用性を補強するものとして指摘する被告人らの不動産業者に対する根回し工作について、もともとそうした事実は存在しなかったなどとして原判決の認定を非難するが、関係各証拠によれば、この点に関し原判決が「補足説明」の項において認定、説示するとおり、被告人眞一が絹代に対し不動産屋に手を打っている旨申し向けた事実は十分首肯するに足りるというべきである。

また、所論は、仮に被告人らが三光不動産に落札を辞退させようとしたのであれば、三光不動産が裁判所に納付済みの買受保証金の精算方法が話題になったはずであるのに、それが話題になった形跡はなく、かつ被告人眞一は本件入札による売却の実施にあたり開札前に執行官に次順位買受の申し出をしていなかったのであるから、たとえ三光不動産に落札を辞退させても落札の権利が同被告人に移るわけではなく、再入札になるだけであり、また再入札の手続きに移行したとしても同被告人が落札できる保証もないばかりでなく、そもそも被告人らは最高価買受申出があれば、その申出人が当然に買受人として確定するものと思い込んでいたのであって、以上のような関係人らの対応状況や競売入札制度の実際を考慮すれば、被告人らが三光不動産に落札を辞退させようとしたとの原判決の認定は事実を誤認してたものである旨主張する。しかしながら、関係各証拠によれば、当時被告人らは、本件物件は絶対に他人にやれない、などと言って三光不動産が本件物件を取得することを断固阻止する姿勢を示していたのであり、一方、三光不動産側では、買受保証金を放棄してでも被告人らの要求に応じざるを得ないのではないかなどと対応策に苦慮していたことが認められるところ、このような状況下で、買受保証金の処理の問題が三光不動産関係者と被告人眞一の間で話し合われなかったのはむしろ当然であり、また、本件物件に対し買受けの申し出を行ったのは、三光不動産と妻くに名義で入札した被告人眞一の両名だけであり、他に本件物件の使用状況等を調査する目的で被告人らに接触した者はなかったというのであるから、三光不動産に本件物件の取得を断念させさえすれば再入札時に被告人眞一がこれを落札する可能性が高かったものというべきであり、もともと被告人らは、次順位買受の申し出等の法的手続きを知らなかったが故に、三光不動産に落札を辞退させれば本件物件を確保出来るものと速断して原判示の各言動に及んだと見る余地もないとはいえないのであって、以上によれば、所論指摘のような事情は、被告人らが三光不動産に落札を辞退させようと企てたとする原判決の認定を格別左右するものではないというべきである。

更に、所論は、原判示第二の事実につき、被告人両名の間に共謀の事実はない旨主張するが、右の主張が採用できないことは、原判決が「補足説明」の三に詳述するとおりであって、この点に関する原判決の認定、判断に誤りがあるとは認められない。なお、この点につき、被告人両名は、当審公判廷において、原判示第二の威迫行為は被告人賢治が行ったものではなく、原判示右翼団体政治結社「大行社青森支部」の総隊長代行をしている大澗芳英が行ったものであって、被告人眞一は何らこれに関与していない旨供述する。しかしながら、大澗芳英なる者の存在は当審において突如として出されたものであって極めて不自然であるばかりでなく、この点に関する被告人らの右各供述は甚だ曖昧なものである上に、原審証人中村芳夫の供述によれば、同人が原判示第二の威迫行為を行った男に対し氏名を質したところ、「川畑の甥っ子だ。」と答えた事実が認められ、被告人賢治自身、捜査段階及び原審公判廷を通じ一貫して、原判示第二の犯行に際し、中村芳夫に話したのは主として同被告人であったことを認めていること等の事情を併せ考慮すると、被告人らの当審公判廷における右各供述部分はにわかに措信し難いといわざるを得ない。

その他、るる主張する所論について、原審において取り調べた証拠を精査し、当審における事実取調べの結果を併せて検討してみても、原判示第一、第二の各事実を認定して被告人らを有罪とした原判決に所論がいうような事実の誤認は認められない。論旨は理由がない。

控訴趣意第二(法令適用の誤りの主張)について

所論は、要するに、刑法九六条の三第一項所定の競売入札妨害罪の保護法益は公の競売、入札の公正という点にあり、落札者の利益保護にあるわけではなく、入札の公正は全ての入札希望者が平等の立場かつ自由な意思に基づき入札に参加し得ることと落札価格が適正に保たれることにあるのであるから、同罪は原則として公の競売の開札までに行われた威力または偽計を用いた行為のみがその対象となるものであり、開札以後の行為は、他の法令に抵触する場合は格別、本罪の成否に関しては何ら問題とならないものと解するのが相当であって、殊に、落札者に対し落札不動産の売却を求める行為は典型的な経済行為であり、その交渉過程において脅迫や強要等にわたる行為があったとしても、他の法令により問責されることがあるのは別として、競売入札妨害罪が成立する余地はないものというべきであるから、原判示の各事実につき競売入札妨害罪が成立するとした原判決には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令適用の誤りある、というのである。

しかしながら、競売入札妨害罪は、偽計若しくは威力を用いて公の競売、入札に不当な影響を及ぼすべき行為を処罰の対象とするものであるから、公の競売、入札の手続きの進行中に関係者らに対し偽計若しくは威力を用いた行為がなされ、それによって公の競売、入札に不当な影響を及ぼすおそれが生じた場合には、開札の前後を問わず本罪が成立するものというべきところ、民事執行法によれば、競売不動産の買受人は、売却許可決定の確定後所定の代金納付期日までに、執行裁判所に対し代金を納付することによってその不動産の所有権を取得するものとされ、その期日までに代金を納付しないときは、売却許可決定はその効力を失い、買受人としての権利を喪失するとともに買受けの申し出にあたり提供した保証金の返還を請求することができなくなるものとされており、これによれば、買受人が代金を納付するまで、当該競売手続きは所期の目的を達しないまま浮動状態に置かれ、かつ代金を納付すると否とは(保証金の返還を請求できなくなるという制約はあるとはいえ)買受人の意思に委ねられているのであるから、売却の実施後、最高価買受申出人もしくは買受人をして落札を辞退させ又はその物件を自己に譲渡させる意図のもとに、これらの者に対し威力を加えてその自由な意思決定を阻害する行為は、公の競売、入札に不当な影響を及ぼすおそれがある行為として本罪を構成するものと解するのが相当である。本件において、被告人らは、本件物件の開札が実施された当日に、二度にわたり、最高価買受申出人である三光不動産の関係者に対し原判示の威迫を加え、右物件の落札を辞退させ、又はその物件を自己に譲渡させようとしたものであり、それが競売入札妨害罪に当たることは明らかであるから、原判示の各事実につき競売入札妨害罪が成立するとした原判決には所論の法令適用の誤りはなく、論旨は理由がない。

控訴趣意第三(量刑不当の主張)について

所論は、要するに、被告人両名に対する量刑不当の主張であり、特に被告人眞一に対しては、刑の執行を猶予されたい、というのである。

そこで、関係各証拠を精査して検討すると、本件は、右翼団体政治結社「大行社青森支部」の支部長の肩書を有する被告人眞一が、裁判所の競売に付された本件物件を落札すべく、妻の名義で入札を行ったものの、開札の結果、三光不動産が右物件の最高価買受申出人と認定されたことを知るや、三光不動産にその落札を辞退させ、又は右物件を自己に譲渡させる意図のもとに、本件物件の開札が行われた当日、自ら三光不動産の経営者中村芳夫方に押しかけて、右芳夫の妻絹代に対し、「どうしてあんたのうちでは競売落としたんだ。俺を恨んでいるのか。これをうちの方に寄越さないと事が面倒になる。ただじゃおかない。」などと申し向け、更に、自己の配下の被告人賢治と共謀の上、同日の夜間、被告人賢治ら自己の配下の者数名を中村方に差し向け、同被告人において、芳夫に対し、右と同様の威迫を加え、もって威力を用いて公の競売の公正を害すべき行為をしたという事案であって、その犯行の動機に格別酌むべきものはなく、その威迫行為の態様は三光不動産の関係者らを畏怖させるに十分なものであって、それによって公の競売の公正を阻害する高度の危険を生ぜしめたことは否定できないばかりでなく、被告人眞一は、三光不動産がその代金を納付して本件物件の所有権を取得した後も、本件物件を事実上管理しながら同物件に第三者を入居させるなどして同物件を占有使用させ、これにより三光不動産に対する明渡しを長期間にわたり事実上阻止してきたことが窺われ、その結果、三光不動産は本件物件の引渡しを受けられない状態にあったこと、被告人眞一には多数の前科がある上に、本件は恐喝罪による懲役一年一〇か月の最終刑執行終了後五年以内に敢行されたものであること等の事情を考慮すると、犯情は甚だ芳しくなく、被告人両名、殊に本件犯行の首謀者である被告人眞一の刑事責任を軽く見ることは許されない。

そうすると、当審における事実取調べの結果によれば、被告人眞一は、三光不動産に対し、平成七年一〇月五日付け内容証明郵便をもって、本件物件のうち建物の一階部分を除いて全て明け渡す旨通知したことが認められ、右の事実に所論が指摘する被告人眞一のために酌むべき情状を十分斟酌してみても、本件は、同被告人に対し刑の執行を猶予するのが相当な事案とは認め難く、その刑期の点においても、被告人眞一を懲役一年六か月に、同賢治を懲役一年、執行猶予三年に各処した原判決の量刑はやむを得ないところであって、それらが重過ぎて不当であるとはいえない。本論旨も理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

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